プロローグ「白い翼」

 鳩だ。鳩が死んでいる。

 道路の真ん中で惨たらしく、白を赤に染めて。
 きっと鈍臭い鳩だったのだろう。向かってくる車を避けきれずに轢かれたのだ。
 そこにあったのは確かに一つの命のはずだが、人が倒れているのとは訳が違う。視線を送る者はいても、立ち止まって弔ったり、この鳩を想って涙を流す者はいない。
 このまま放っておけば下手をするともう一度轢かれかねない。もはや命尽き果て肉片となった鳩を、抵抗感はありつつもそっと持ち上げる。
 助けた気になっていた。助けたと思いたかった。誰もが目もくれないものに手を差し伸べて、自分が素晴らしい人間であると勘違いしたかった。
 少なくともその時は、そういう気持ちだったのだ。

 道路脇、土のある場所まで行き、手が真っ黒になるのも気にせずひたすら掘り進めた。生き物を埋めるのはこれが初めてだ。虚しくて、空っぽで、何もない。埋まらない心ごと仕舞い込むかのように、そこへ鳩をそっと寝かせて土をかけた。
 無性に泣きたくなった。この鳩を想って泣く、最初の人間になりたかった。
 そうでもしないと、やっていられない。
 泣きたい理由を探し求めていた。自分が泣いても良い理由を、この鳩は与えてくれたのかもしれない。
 誰も気付かない道の端っこで手を合わせる。ごちゃごちゃになった感情を整理できないまま、自然と溢れた涙の温度を感じていた。

 願わくばこの鳩に安らぎと幸福を。

 そして出来ることならもう二度と、何かの死を目の当たりにはしたくないと、心からそう思った。